カンコウ映像八選——優れた観光映像について考える

 私が JWTFF日本部門の審査員となったのは前回大会からである。この仕事、正直申し上げて非常に楽しい上に、自分にとってもいろいろな気づきがあり、有意義な時間を過ごさせていただいている。興味深い映像を制作してくださる皆さんに本当に感謝したい。

 今回、観光映像について原稿を書く場を与えていただいた際に、私がまず行いたいと考えたのは、自身が優れていると判断した作品をもっと多くの皆さんに視ていただくための契機とすることであった。素晴らしい観光映像であると思ったのに入賞せず、残念に感じたことがしばしばあったからである。また、入選作品を含め、評価した優れた点を解説させていただき、当該作品の良さを皆さんともっと共有したいと考えたということもある。もちろん私は映像製作の専門家ではないが、観光研究とともにメディア研究も行う文化地理学者として、一定の基準で判断を下している。そうした意味で、神田孝治(「カン」ダ 「コウ」ジ)が評価する観光(「カンコウ」)映像として、優れた風景として選定される八景のごとく、「カンコウ映像八選」を選ぼうと思ったのである。

 この度審査した際の印象としては、映像としてのクオリティーが前年度と比べて全体的にあがっていることがある。審査員の立場からすると、良い映像をたくさん観ることができて嬉しく、また皆さんに紹介したいと思う作品も数多く出てきた。ただ、全体としての水準があがるなかで、前回よりもどの映像が優れているのかを評価することが難しくなってきたともいえる。つまり、良い観光映像とは何かという事に対して、審査員自身もより考える必要に迫られることになったのである。

 こうしたなかで、観光映像として優れているという当初考えていた基準は前提となるが、それだけではなく、「優れた観光映像について考える」にあたって重要な示唆を与えてくれるという観点から、8つの作品を紹介することにした。そのため、私が良い観光映像だと判断したものを単純に上位から選定したわけではない。さらに、観光映画祭の選考基準に照らして評価した上位8作品が、今回紹介されたものと連動しているわけでもない。加えて、自身が審査を担当した映像は全体のごく一部であるので、これは賞のようなものではない。そうした前提のもとで選定した作品だとご理解いただきたい。

 まず紹介したいのは、『よみがえる下風呂小唄 〜下風呂温泉郷の今〜』である。この作品は、「ああ、これこそが観光映像だ」と思わせる何かがあった。映像に見入ってしまったし、行ってみたい、さらには観光振興のお手伝いをしたい、という感情も沸き上がってきた。この理由には、ドキュメンタリーという手法に基づき地域主体の観光振興のあり方をみせるストーリー作りや、それにあたっての映像表現の適切さがあるだろう。さらに、臨場感のある音作りや、下風呂小唄という歌がうまく機能するなど、様々な要素が高いレヴェルでアッセンブルされるなかで、この観光映像の魅力が創り出されていると思われる。またこの映像から、特に歌の重要性について考えさせられるものがあった。同作品を見終わった後も、下風呂小唄がふと頭の中に蘇り、下風呂温泉の事を想起してしまう。歌を活用することで、限られた映像の時間を超えることができるのである。

【映像『よみがえる下風呂小唄 〜下風呂温泉郷の今〜』】

 同様の点で、『よこばやしのくらし』も興味深かった。こちらも歌が印象的であり、この楽曲が何度も頭の中を流れ、ついつい同じ映像を見返してしまう。同映像は美しく、またどこか郷愁を誘うものの、文字情報がほとんどなく、映像内での解説もないため、得られる情報は少ない。しかしながら、歌を介して何度も見直してしまうこの映像は、視る人の心に当該地域をゆるやかに意識させるところがあると思う。また、歌というメディアは、人間が集中できる時間と密接に結びついて創り出されていると考えられる。そうした意味でも、観光映像と歌はなじみが良いといえよう。

【映像『よこばやしのくらし』】

 観光映像においては、文字や音声を通じた現地情報の説明も効果的である。こうした点はさまざまな観光映像で表現されているが、興味深い作品として、『青森県弘前市ブランディングムービー「冬があるから、」』がある。ナレーションと文字情報で何度も「冬があるから、」を繰り返し、この言葉が美しい映像とともに非常に印象に残る。内容として多くの観光情報を含み込むとともに、それらを一つのキャッチフレーズで印象づけるのは良い手法であるといえるだろう。もちろん、冬をキーワードにできる地域は多く、それが弘前市の特徴であるのかという疑問も生じなくはなく、またあまりに環境決定論的な説明は地理学者としては違和感を覚える。しかしながら、この映像の魅力により、冬というイメージを弘前市と強く結びつけることに成功していることは疑いの余地はない。

【映像『青森県弘前市ブランディングムービー「冬があるから、」』】

 当然のことながら、観光映像というメディアの特徴から、視覚的にみてとれる映像の魅力を前面に押し出した作品が多い。そうしたなかで注目される作品としては、『三重県東紀州観光プロモーション動画/Japan Travel』がある。観光地の風景美を表現する観光映像は数多いが、美しい風景が音楽にあわせてダイナミックなカメラワークでリズム良く映し出されることで、飽きることなく最後まで視聴することができた。

 もちろん、カメラワークは多くの作品で工夫されていたが、特にこの映像は上手く撮られていると思った。ただし、あまりダイナミックな動きを多用することには注意が必要である。同作品も何回か視聴するうちに、だんだんと酔いがでてきた。この映像ではないが、応募作品の中には一度視ただけで映像酔いを生じさせるもの、さらには最後まで視ることが辛いものもあった。飽きさせない映像の見せ方も重要であるが、何度も見て貰えるような見やすく心地よい映像という工夫も必要であろう。なお、この作品の良かった点としては、気になった風景の情報がYouTube上でポインタを動かすと示されることもある。利用するメディアの機能も上手く活かしながら、観光情報の引き算と足し算を上手く行った観光映像だといえるだろう。

【映像『三重県東紀州観光プロモーション動画/Japan Travel』】

 良い観光映像ということを考えると、映像の長さという要素は大きいと思われる。あまりに長いと飽きて疲れてしまうし、かといって短すぎると伝えたい情報が上手く組み込めない。そうしたバランスを各観光映像は考慮して作られていると思われるが、そこで驚かされたのが『ちょうどよい幸せ』である。1時間を超える作品で、正直、視る前にゾッとしたというのが、様々な業務と時間を調整しつつ審査時間を確保している自身の偽らざる感情であった。また速度がより一層求められる現代社会において、長時間の観光映像というのがうまく機能するのか、という思いもあった。

 しかしながら実際に視てみると、最後まで飽きることなく楽しむことができる優れた作品で、移住促進という意図もよく理解できるものであった。映像の長さも、ドラマというジャンルを考えると納得いくものであり、観光映像に関する自身の考えが問い直される思いであった。観光映像は「商業CMとも映画とも違う、一つの確立すべきジャンルである」(https://jwtff.world/journal/)とされるが、それは確かに正しい一方で、他のジャンルとの脱領域的な要素も認められるといえよう。

【映像『ちょうどよい幸せ』第1話】Youtube Listで全編が公開中

 観光映像の問い直しという観点からすると、『今日の空は大好き』も注目される。谷川俊太郎の詩にあわせたこの作品は、映像も音楽も含めて、すべてが「美しい」優れたものであった。しかしながらこれが「観光」映像かというと疑問が生じてくる。たしかに映像のロケ地は芦屋であるが、同地の風景が主題であるわけではない。また一般的に想像されるであろう芦屋のイメージがこの作品で表象されているわけでもない。谷川俊太郎はたしかに同地の美術館や映画祭と関係しているが、出身地というわけでもなく、芦屋との繋がりは直接的には想起しづらい。これはあくまで谷川俊太郎の詩を表現した作品であり、観光の文脈では、フィルムツーリズムの元となるものだとまずは考えられるだろう。これを観光映像とするのであれば、どこかでロケを行った映画やアニメ作品など、多くの映像がその範疇に入ってくる。

 ただし、観光振興を企図して制作されている映画やアニメ作品も数多い。また、制作者側の込めた意味(エンコーディング)と私のような視聴者の読解(デコーディング)にもズレがあるだろうし、制作者側の主体も多様であるので、少なくとも協力した行政は観光振興も期待しての作品であろうと推察される。そもそも観光映像祭に応募していることから、観光振興への寄与という考えがあるのだろうし、さらに言えばこの意図の有無が観光映像であるかどうかの決定的なものとも言い切れないだろう。また実際の効果を考えると、こんな風景が芦屋にあるのかと、私は同地に関心を持ったし、そこに足を運びたいとも思った。観光に寄与することが見込まれる映像を観光映像とするのであれば、こうした作品も含まれてくるであろうし、ある意味では優れた表現のあり方ともいえる。私にとっての本作品は、観光映像とそうでないもののあわいに位置する、当該ジャンルの境界線を再考させてくるような、極めて興味深いものだったのである。

【映像『今日の空は大好き』】予告編

 以上のように観光映像に対していくつか考えさせられる点が出てきたが、優れた観光映像としては、もう少しシンプルに捉えることも必要かもしれない。こうした観点からすると、『【るろうに剣心×滋賀県】ロケ地巡り~始まりも終わりも、この地から~』が注目される。数多くの観光映像を観ていると、たくさんの美しい風景に出会うこととなる。表現手法も向上されてきているなかで、その美しさに感動させられることも多い。しかしながら、ある意味では洗練されればされるほど、風景美にパターンも出てきてしまい、それが日本のどこであってもいいような、さらには外国のどこかとも錯覚するような映像が増えてきているように思われる。そうした意味で、特定の作品のロケ地巡りをする観光客の誘客という明確な意図をもった本作品は、観光集客という面での基本に立ち返らせてくれる映像であった。観光映像としては、やはりテーマ設定のあり方が重要なのである。

【映像『【るろうに剣心×滋賀県】ロケ地巡り~始まりも終わりも、この地から~』】

 最後に紹介したいのは、『まちなかのネギ姫』である。高専の学生がこれほどレヴェルの高い映像を撮れるということに個人的に驚いたし、そうした学生とコラボしている行政の取り組みは前向きに評価したいと思った。これは地理学や観光学を専門とする大学教員としての意見でもあるが、このような学生と行政の取り組みを積極的に応援したいという意図も込めて、本作品を紹介する次第である。そうした意味では、観光映像を撮影する主体やそのシステムということも、重要な観点になっているといえるだろう。

【映像『まちなかのネギ姫』】 第1話 Youtube Listですべてを閲覧できる

 以上、優れた観光映像について考えるにあたって重要であると私が評価した8つの作品を、カンコウ映像八選として紹介させていただいた。この選定はあくまで私の個人的な判断に基づくものであるが、本稿をきっかっけとして、優れた観光映像とはどのようなものなのか、という点について皆さんにも考えていただくきっかけになったら幸甚である。

執筆者

神田孝治

立命館大学文学部教授

1974年名古屋市生まれ。しかしながら幼少期に転居しており、大学時代までは中部圏内で何度か居住地が変わっているので、故郷のない旅の子の状態である。大阪市立大学大学院在籍時から関西圏内に居住しているため、ゆるやかな関西人ではあるが、関西人にもなりきれてはいない。専門は文化地理学であるが、社会学者、文化人類学者、哲学者といった専門領域の方々と仕事することが多いため、生粋の地理学者ともいえないだろう。主に観光に関する研究を行っているが、メディアという観点でいくと、ガイドブックにみられる観光地の表象分析(近代リゾート・国立公園・世界遺産などについて)、映画と観光地(映画『めがね』と与論島などについて)、アニメツーリズム(『ひぐらしのなく頃に』や『鬼滅の刃』などについて)、モバイルメディアと観光行動(ポケモンGOなどについて)、デジタルメディアと観光地の創造・変容(InstagramやTwitterなどについて)といった、さまざまな対象・テーマを取り扱ってきた。そして観光という現象のなかに、日常と非日常、現実と虚構、秩序と無秩序といった対比的な概念でとらえられるものの「あわい(in-between)」を認識しそれに関して探求している。自身のあり方としても、研究のあり方としても、中間的であるといえる。著書としては『観光空間の生産と地理的想像力』(ナカニシヤ出版、2012)、編著としては『現代観光地理学への誘い—観光地を読み解く視座と実践』(ナカニシヤ出版、2021)、『ポケモンGOからの問い—拡張される世界のリアリティ』(新曜社、2018)、『観光学ガイドブック―新しい知的領野への旅立ち』(ナカニシヤ出版、2014)などがある。

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