2024年3月13日から15日まで、北海道釧路市阿寒湖畔にて日本国際観光映像祭を開催しました。あまりにも”北”での開催だったので、果たしてみなさんきてくれるのであろうか?と不安ではあったのですが、予想を超える参加者数。本当にうれしかったです。ありがとうございました。
実は映像祭はプログラムに書かれた表だった企画以外にも多くのことが起こるものです。学生たちが主に滞在するために阿寒テラスという一棟を借りたのですが、そこの一階にはパーティスペースがありました。映像作家の人たちが集い、それこそ毎晩遅くまで、観光映像のあり方を語り合う、そんな風景が見られました。
ここからきっと次につながる“何か”が始まっているはずです。
改めて阿寒湖大会はなんだったのだろうか、それを振り返っています。阿寒湖開催は、日本国際観光映像祭の第2回で日本部門グランプリを取られた大熊Alex一郎さんからのご紹介でした。そのグランプリ作品が阿寒湖とアイヌ文化を紹介する映像だったのです。そして、大熊さんはいつか阿寒湖で映像祭を開催したい、そんな思いを語ってくれていました。いよいよ大熊さんと現地に向かったのは2022年の12月です。その時に撮った映像がありました。
当時の釧路旅行の3回シリーズを見ると、阿寒湖だけでなく、釧路市自体にとても魅力を感じたことを思い出します。
釧路市はかつては炭鉱、製紙業、水産業で賑わった都市でしたが、それらの3大産業は時代とともに日本においては衰退していく。それとともに釧路もかつての賑わいをなくしていく。このことを実感することもこの映像祭のテーマの一つとなりました。映像祭は終わりましたが、これからも釧路市は見ていきたい。また、和歌山からの移住者の子孫の方とも多く会えました。
でもまぁ、映像祭。毎年のことですが、3月のイベントが終わると、4月は正直、仕事が全く手につかなくなります。燃え尽きる感じです。そして次の映像祭をやるべきか、ということで悩む日々を迎えるわけですが、それについては今後、語っていきます。たぶん。関西弁でいうところの「しらんけど」。
今回は、特に今年の開催に関わって生まれた観光映像について紹介しようと思います。今年のファクトリー作品は5本。与論町のファクトリー映像については違う投稿ですでに述べました。
ファクトリー映像は、地域のブランディングのための一つの手法です。それはどういうことなのか。映像祭全体のブランディングの振り返り、そしてそのために生まれた阿寒湖のファクトリー映像を紹介しながら、みなさんと一緒に今回は考えていきましょう。
観光映像祭が生み出すブランディング
さて、“知っている”はずなのに、いつも悩むことがあります。それは、なぜ、私は日本国際観光映像祭(JWTFF)を開催しているのか?ということです。
JWTFFの“公式な目的”は国内の優れた観光映像、そして映像作家を見出して世界に紹介すること、そして世界の優れた観光映像を日本に紹介することです。それはもちろん知っているのですが果たしてそれだけでしょうか?この目的はそ映像作家と映像祭実行委員会の目的でしかない。JWTFFは何を思ったのか、毎年、開催場所を変えていく映像祭です。そのため、受け入れ先を必要とします。開催地に何を残せるのか?それをいつも問い続けなければなりません。現在のところ、私たちが考える映像祭が、開催地に残せるものは以下のような5点です。
- 開催場所のブランディングへの寄与
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第6回の阿寒湖開催においては、実行委員長を鶴雅グループの大西雅之さんにお願いしたこともあり、札幌で開催の記者会見を行った際も多くのメディアが集まってくれました。結果、映像祭の開催自体が阿寒湖のブランディングに寄与した点はあると思います。また、JWTFFは世界の映像祭と連携している映像祭なので、そのネットワークCIFFTから8000人以上のジャーナリストに開催のニュースは届きます。また、開催時には、世界各国から審査員や映像作家が参加し、その旅が彼らのSNSで公開されることによって、大きな発信となります。特に授賞式に外交官の参加があり、その方がSNSで発信すると数万のビューが世界中からつきます。彼らは影響力のある人たちです。
- フォーラムにおける発表
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映像祭では授賞式の他にも、これからの観光映像のあり方を問うシンポジウム(フォーラム)などを行っています。例年、開催地に関わるテーマを映像祭のテーマとしています。第6回では「美しき人々、生きる学びの空間へ」がテーマとなり、特にアイヌ文化を護り、自然と共に生きている方々について、語り合うトークセッションを用意しました。このように、フォーラムで開催地の魅力を語ったり、課題について議論をするなどして貢献することもできます。
- ART&FACTORY JAPAN事業
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ポルトガル発の事業、FACTORYも大切な地域貢献です。これは観光映像祭に関わる映像作家を招聘して開催する映像コンテストです。この手法を日本でも行っています。正式にはART&FACTORY JAPANという名称で、通称として地名+ファクトリーで、与論ファクトリーや阿寒湖ファクトリーと私たちは呼んでいます。第6回では、与論島に3組、阿寒湖に2組の作家を招聘し、5本の作品を制作しました。与論ファクトリーについてはすでにコラムで書きましたが、今回、後の段で阿寒湖ファクトリーについても書きます。
- 授賞発表映像
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映像祭のハイライトは授賞式です。しかし、コロナの時期はなかなかに国境を超えて人が移動できなくなっていたので、その間、各国の映像祭は授賞発表映像をつくるようになりました。これは授賞式を配信するということではなく、開催地の紹介などを含めて制作するものです。JWTFFも第4回大会の与論島開催から授賞発表映像をつくるようにしました。なかなか説明が難しいので実際のものを見てください。以下は阿寒湖大会の授賞発表映像です。
この映像では、ディレクターである私、木川が釧路や阿寒湖の魅力、映像祭のテーマを伝える映像も含めて、授賞作品の発表をしています。授賞式に参加できない映像作家たちは、自分の作品の受賞があるのかないのか、どんな賞なのか、ワクワクしながら映像を見ます。そのため、必然的に、その内容に含まれている開催地の紹介を見ることにもなります。
- Venue and Excursion
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観光映像祭はB to Bの企画なので、一般向けのB to Cのイベントと比較するとそれほど多くの参加者があるわけではありません。そのため、集客人数をそれほど重視しない開催ベニューの選択ができるので、これまでにはあまりイベントでは使われてこなかった場所で開催することが可能です。JWTFFはむしろ、そういうユニークベニューで開催することを心がけてきました。阿寒湖では普段はアイヌ舞踊の上演がされているイコロシアターをメイン会場としました。アイヌ文化の象徴となるような場所で、世界の平和を考える映像祭を行う。このことに意義があったと考えます。
また、映像祭の開催地をよりよく理解してもらうために、参加者を対象としたエクスカーションツアーも開催しています。阿寒湖では森を体験するツアーを専門のガイドの方にお願いして開催しました。参加者には非常に好評で、さらに映像祭の意味を理解してもらうにはこのようなツアーが必要だということを実感しました。
- Trophy
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日本の文化ではそれほどトロフィーは大きな扱いをされていないように私自身は個人的に思います。しかし、海外ではトロフィー自体が大変大きなブランディングのツールです。各国の映像祭は独自のトロフィーを用意して、監督たちは受賞したら、トロフィーの写真とともに、それぞれのSNSや公式ページで大々的に発表します。
第5回の滋賀県大会では、滋賀県の高島市が扇子の骨のシェアが日本一ということもあり、扇子をトロフィーとしました。これも開催地のブランディングへの寄与の一つでしょう。また高島市の扇子とはどのようなものか、またその扇子をトロフィーとした背景などを紹介する映像も作りました。
このようなトロフィー紹介の映像はCIFFTでもJWTFFだけだったようで、そのあと、他の映像祭でもこのような映像がつくられるようになるきっかけとなりました。
この扇子のトロフィーは海外の人たちも持ち帰りやすいということもあり、次の映像祭でも同じように、という要望がありましたが、滋賀の次は阿寒湖だったので、それはもちろんアイヌ文化に関わるトロフィーでなければということで、阿寒湖大会ではグランプリのトロフィーはアイヌ刺繍のタペストリーとなっています。国際部門でグランプリとなったカナダのアルバータ州の観光公社にはそのタペストリーが飾られているとのことです。
以上の6点が主として開催地にとっての映像祭開催のメリットではないか、と考えます。もちろん、それだけには止まりません。実際には映像祭の開催によって映像作家が次の撮影地に選ぶこともあるでしょうし、滋賀大会のように地元の中学生に授賞式を手伝ってもらった場合は、彼らの良い思い出となっている、そういう効果もあるでしょう。
地域のための観光。それを考える映像祭でありたいと思います。
ART&FACTORY JAPAN 2024
先に述べた開催地のブランディングへの寄与の一つとして、ART&FACTORY JAPAN(ファクトリー)について述べました。これは映像祭発の映像コンテストです。JWTFFで受賞するなどして、評価の高まっている映像作家を招聘し、映像を制作してもらうのです。
阿寒湖大会で開催したファクトリーでは、与論島の映像3本、阿寒湖の映像を2本のエントリーがあり、その5本によるコンペティションとなりました。阿寒湖では、やはりアイヌ文化がテーマとなり、ある意味、素材については似た部分があったのですが、映像作家によって全く違う映像になっていました。ここでは阿寒湖の2本を紹介します。
AINU CULTURAL NEXUS
阿寒湖ファクトリーの1人目の作家は、伊藤広大監督です。伊藤監督は東京と北海道を拠点とする映像作家であり、木川が今、日本で最も注目する映像作家の1人です。ちょっと前に、伊藤監督について書いた記事があるので、こちらもご参考に。
伊藤監督は日本国際観光映像祭に第1回からご参加いただいている方で、木川は当初は空撮の専門家だと思い込んでいました。ところが第5回大会で受賞した「青の街」を見ると、そこには人がいました。ドキュメンタリーも撮れる映像作家だったのです。そして、彼は北海道の多くの絶景ポイントを撮影されてきた人でした。
伊藤監督の撮る阿寒湖、アイヌ文化を見てみたい。それが伊藤監督へのオファーに至った衝動でした。
この映像は阿寒湖大会が開催された場所でもあるイコロシアターでのアイヌ舞踊からスタートします。実はその撮影の現場に私もいました。ダンサーの動きに合わせて伊藤監督もステージを駆け巡りながらの撮影。こんなにストイックに映像を求めていく人なんだと思いました。
この映像は冒頭のダンスの躍動感から、急激にドキュメンタリーパートへと展開していきます。この記事の冒頭にも出演されていた組合長、西田正男さんが阿寒湖のアイヌ文化の歴史を述べるところは、必見のシーンです。彼らの生き方の一端がここで見ることができます。
阿寒湖見聞録
続いて阿寒湖ファクトリーのもう一本。こちらは高嶋浩監督に依頼したものでした。高嶋監督は岐阜在住で映像のLookの暖かさに特徴のある映像を撮られる方です。
映像では高嶋監督の地元、高山に在住されている木彫り職人と出会います。その職人は阿寒湖で修行をした方でした。高嶋監督は彼から阿寒湖の思い出を聞き、高山と阿寒湖をつながる縁を感じとり、阿寒湖に生きる文化を求めていきます。
今年の映像祭、阿寒湖大会のテーマは「美しき人々。生きる学びの空間へ」でした。まさにそれを具現化したような映像でした。高嶋監督に依頼されたので、この映像に関しては、木川剛志としてコメントを書きました。
この映像の魅力はストーリーテリングの強さにある。飛騨高山に住む映像作家が、阿寒湖でかつて修行をした地元の職人に会いに行き、その縁に導かれて阿寒湖アイヌコタンへと向かう。阿寒湖ではアイヌ文化を彼らの日常の中から少しずつ読み取っていく。地元のお店の中で、二人の女性が歌うアイヌの歌は限りなく美しい。この映像は観光が余暇だけではなく、学びの行為であることを映像の力で示しており、今年の映像祭のテーマ「美しき人々、生きる学びの空間へ」を具現化した映像とも言える。このような点が審査員の高い評価を得て、今回の受賞となった。
ここにも書きましたが、途中、二人の女性が歌いだすアイヌの唄はとても美しいのです。高嶋監督の「阿寒湖見聞録」はJWTFF2024のファクトリーでのグランプリ作品となりました。
地元の観光に関わる方からも大変に喜ばれる2本の作品でした。ファクトリーで制作した映像は地元へも提供し、自由に使ってもらうこととなっています。すでに伊藤監督の作品は、鶴雅ギャラリーでの作家展でも上映されたりと、すでに地元に愛される映像となっています。
世界の映像祭へ
阿寒湖の自然、アイヌ文化から生まれたJWTFF2024の今年のファクトリー映像は、与論の3本を加えて、世界中の観光映像祭へ出展中です。受賞を求めたいところですが、まずは多くの観光映像の関係者の目に触れて、日本の新たな魅力に気づいてもらえる契機となってほしいと願っています。
映像祭は、おそらく今年度も開催します。また、違った場所で、違うアプローチで、開催地の魅力を世界に届けるお手伝いをしていきます。
執筆者プロフィール
木川剛志
日本国際観光映像祭総合ディレクター
和歌山大学観光学部教授
1995 年京都工芸繊維大学造形工学科入学。在学時よりアジアの建築、特にジェフリー・バワに興味を持ち、卒業後はスリランカの設計事務所に勤務する。2002 年UCL バートレット大学院修了。2012 年に福井市出身の俳優、津田寛治を監督として起用した映画「カタラズのまちで」のプロデューサーをつとめたことから映画製作に関わるようになる。監督として2017 年に短編映画「替わり目」が第9 回商店街映画祭グランプリ、2021年にドキュメンタリー映画「Yokosuka1953」が東京ドキュメンタリー映画祭長編部門グランプリを受賞し、同作品は2022年から全国公開中。観光映像では須藤カンジを監督に起用しプロデューサーと撮影をつとめた「Sound of Centro」がART&TUR 国際観光映像祭でポルトガル観光誘客(都市)部門最優秀作品賞。2019 年より日本国際観光映像祭実行委員会代表、総合ディレクターをつとめている。
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