よみがえる下風呂小唄 〜下風呂温泉郷の今〜

観光という言葉の意味から

日本国際観光映像祭に関わらせていただき、本当に様々な日本、世界の街を感じる機会を得て、多くの気付きをもらえています。応募くださった皆様には本当に感謝しています。

観光という言葉を辞書などで調べると、「景色を見て回ること」のような意味が出てきます。観光旅行となれば、各地の風光明媚な場所を巡る旅、ということになります。まだ写真がフィルムだった時代、カメラが高価だった時代、それ以上に旅行が高価だった時代、人はその場所に行くことが目的であり、いつも住んでいる街では見ることのできない風景を目に焼き付け、ファインダーを覗き、大切な一枚として宝物のように写真を大事にしていたと思います。

今、フィルムカメラはほとんど存在せず、次に登場したデジタルカメラさえも、本格的なカメラを除くと存在感をなくしていっています。私が携帯電話を初めて持ったのは23歳のとき。約30年前のことです。まだカメラ機能なんて付いていませんでしたし、デジタルカメラさえもない時代です。

たった30年でインターネットによるSNSが爆発的に普及し、携帯電話は写真も動画も撮れるスマホと名前を変え、この間に登場したコンパクトデジタルカメラは瞬く間に駆逐されていきました。人類のシャッターを押す回数は天文学的数値になり、形としての宝物な写真は、形を成さず、宝物にもならず、スマホの中に収まったまま、SNSで世界中に拡散し続けています。

世界の景色は手のひらの中に

世界中の風光明媚な景色は今や手のひらの中で見られるようになり、かつ旅行する金額も非常に安くなりました。つまり旅行も観光も、もはや気軽で手軽なものとなっていると思われます。

今回応募された観光映像は、各地の美しい風景を切り取り、「こんな綺麗な場所です、一度お越し下さい」と、誘客を最優先として作られているはずです。しかし、調べてしまえばその景色は手のひらの中に出てきてしまうのです。

では、誰も、ひいては地元の人でさえも見たことのない景色を、と、使われ始めたのがドローンでした。今年も多くの作品でドローンを使用されていました。確かにドローンでの映像は、今まで見たことのない世界で、自分の地元の景色さえも10倍増なくらいで美しく切り取られています。

ですが、美しいからとその土地に行ったとしても、ドローンからの風景を見ることはできないのです。ドローン映像はあくまでもドローン映像、観光映像の最優先事項である誘客は結び付かないのではないか、そう感じています。

写真の価値が変わり、観光の価値が変わっている現代、このような映像祭が開催されることで本当に手軽に気軽に世界中の観光地を見て回ることができるようになっています。その中でどうやって「行ってみたい」と思わせるか、どうやって映像で惹き付けるか、それを考えたとき、最後に残るのは“人”なのだと思っています。

人は人に会いに旅に出る

手のひらの中にあっても、足を運びたくなる場所は、人の営みが見える場所です。これまでも多くの映像を拝見しました。何年も拝見しても思い出されるのは、人が映し出されている場所。それも気取らず飾らず、その土地の風土を加味した人たちの風景。

旅行、いや、旅におけるこれからの価値、旅におけるこれからの宝物は、その土地の人との触れ合いになっていくのではないでしょうか。そういう視点で拝見したとき、「行ってみたい」と素直に思えた映像が下風呂温泉でした。

人の動きが少なくなった、あまり有名ではない温泉地。しかし、連綿とした文化があり、歴史があり、消えかけたものを再度掘り起こすまでのドキュメンタリー。初めて聞くその温泉地に、思わずGoogleMapで調べました(笑)。

何よりも女将さんたちの顔が素敵でした。コロナでも耐えながら日々を粛々と生きようとする姿、インタビューに答える素朴な横顔、恥ずかしながらもそれでもやり遂げる勇気、そして最後の笑顔。その笑顔に、素直に会いに行きたいと感じました。

旅における宝物とは、記憶です。写真そのものではなく、写真を撮ったときの思い出。人は人に会いに旅に出るんです。人との触れ合いが記憶を留めると体感しているから、飾らない人の営みを切り取る映像に惹かれます。そういう意味では下風呂温泉の映像は素敵でした。

執筆者プロフィール

宮田耕輔

日本国際観光映像祭日本部門審査員
株式会社ウララコミュニケーションズ編集長

1971年福井県福井市生まれ福井市育ち。福井のまちづくりをするために1991年山梨県都留文科大学入学。その後同大学院にて民俗学を学ぶ。1998年から1年間、ワーキングホリデーでニュージーランドに滞在。1999年より同社入社し、地域情報誌『月刊ウララ』の編集に携わり、2006年より現職。 仕事の傍ら、俳優の津田寛治氏初監督作品『カタラズのまちで』のプロデューサーを務め、2015年より開催している『福井駅前短編映画祭』立ち上げに関わり、現在実行委員長を務める。『福井駅前短編映画祭』のスピンオフ企画としてスタートした「ふくいムービーハッカソン」でプロデューサーを務めるほか、福井県出身の俳優兼監督・片山享氏の長編映画『いっちょらい』、また福井県の事業である長編映画『福井のおと(仮)』のプロデューサーも務める。 さらに仕事の傍ら、福井駅前にある新栄商店街にてボクサーパンツ専門店『ラーナニーニャ』、美術家MAGOの専属販売ギャラリー『MAGO GALLERY FUKUI』、コミュニティスペース兼ECスペース『FLISMO SPACE』のオーナーも務めている。

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