なぜ北の凍てつく大地を目指すのか?

 ホワイトアウトのサロベツ原野。カメラも指も凍りつく、寒さと強風。でもなぜか心は熱い。撮っていると血が騒ぐ。理由はわからない。

 冬の北海道の撮影を始めてもうすぐ50年。初めて冬の北海道に足を踏み入れたのは高校1年生の時。目的は鉄道撮影。当時SL(蒸気機関車)が終焉を迎えていた。そして最後の活躍の場が北海道。北の白い大地に黒い鉄の塊が、煙と蒸気を噴き上げ荒野を走るのはたまらなく写欲をそそる。だが初めて訪れた冬の北海道はマイナス30℃越えの日々。貧弱な防寒着の高校生には拷問というか、シベリアの強制収容所で撮影をしている感じだった。だがSLを待つ間、あるいは移動する列車の窓から眺める、北の大地。そこに群れ飛ぶ白鳥やキタキツネ、押し寄せる流氷は異国の地だった。

 でもその時もSLは九州でも走っていた。にもかかわらず九州は選ばず、その後もSL撮影では訪れていない。北を選んだ理由、それは血かもしれない。もしかしたら自分の前世はユーラシア大陸を、マンモスを追いかけて走り駆けていたマンモスハンターなのではといつ感じていた。その勘が冬の北海道を訪れたとき「血が騒ぐ、なつかしい」という気持ちになって押し寄せてきた。日本人はどこから来たのか?よく話題になる。そのやってきたメインストリームの1つが、太古に陸続きだったユーラシア大陸からの流れだろう。だから日本人の多くは北に帰る郷愁が強いのかもしれない。演歌にしても、映画にしても北、特に冬の北海道をテーマにしたものが多いと感ずる。

 そしてその北海道の中でも、特に冬の北海道は写真家にとり魅力的な被写体が多い。撮っていると、時としてシベリアで撮影している錯覚に襲われることすらある。2013年 シベリアの大地で永久凍土から見つかった、マンモスの子供Yukaを撮りにシベリアに行ったとき、そこに北海道に通じる、同じ空気同じ光を感じた。そしてシベリアの川の氷の上を歩いた時、何年か後にこの氷が、流氷となり荒海を旅して、網走や知床の海岸に行きつくのかと思うと、やはり北海道はユーラシア大陸の延長に感じた。だからこそ、いちばん大陸を感じる風景 光 空気があるのは冬の北海道。道産子に北海道が、いちばん北海道らしいのはいつ?と尋ねると多くの人が「冬」と答える。温暖化で昔よりは暖かいと言えども、マイナス20℃を下回る日も多い。そんな日は、道産子たちが言う「今日はしばれるね」だ。寒いのではなく、寒くて体も動かない、寒さで口もまわらない。まさに身動きがとれないしばれる感じだ。

 そんなしばれる日の朝、冬の十勝平野では霧氷が美しい。大地全体が輝く宝石に覆い尽くされる。海岸にはジュエリーアイスと呼ばれる十勝川から流れ出た氷が、打ち寄せられる。しばれる日には、大地は写真家にとり宝石になる。

 何もない風景は、本州ではなかなか撮れない。冬の北海道、天と雪原だけの世界になる。シンプルな美しさ。そして今や世界でジャパウダーと人気のパウダースノー。朝夕の光がそこに射すとき大地は色にあふれかえる。そして曇りや吹雪の日、陰影の無いフラットなモノクロームの世界。これもまた写真の原点であるモノクロの世界を表現するのに素晴らしい。特に僕は天候があれる冬の道北、サロベツ原野 猿払原野が好きだ。何もないからこそ自分の視点 自分の世界観が投影しやすい。そして前世に見たであろう、シベリアの風景にも似ている。そうホワイトアウトする、恐ろしいような白の美しさ、それがもしかしたら北海道の魅力だ。

 冬の北海道を一番体験するには何が良いか?とよく聞かれる。答えは2つある。1つはバスの旅、網走から稚内まで、オホーツク海岸線沿いをバスでつなぐ旅。かなりしんどい。網走~湧別~興部(オコッペ)~北見枝幸~浜頓別~稚内と冬のホワイトアウトしそうな世界をバスで2日間ぐらいかけて旅をする。そうすると、本当の北海道が見えてくる。昔は、それなりに鉄道があったのだが、いまはオホーツク沿いは、ほとんど鉄道がない。だからこそ冬の北海道らしさが体験でき、最果ての光景に出会えるはずだ。何もない美しさ。そして、もう1つは網走から釧網線に乗り釧路まで旅する方法。季節として1月末から3月頭までがおすすめ。列車は網走を出ると、左手に流氷で覆われたオホーツク海を見て進み、遠くに知床の山並みが見えるはずだ。そして北浜を過ぎると右手にトーフツ湖が見え、白鳥たちが舞うのも見える。そのあと列車はしばらく原生林を進む。ひたすら原生林。エゾシカたちが車窓に見え隠れする。そして列車は弟子屈を出ると、釧路湿原を走り抜ける最終ステージ。道路は湿原を横切らないが、鉄道は湿原のど真ん中を走る。タンチョウツルもエゾシカの大群も観ることができるだろう。車窓に展開する景色は日本ではなくユーラシア大陸になっている。そして釧路に到着。そのころにはきっと北海道の魅力に人は気が付くはずだ。何もない美しさと、対比するダイナミックな景観のすばらしさ。さらには人すべて飲み込む雪の存在感。これが冬の北海道に引き込まれる魅力かもしれない。

執筆者

相原正明

写真家
1958年東京都出身。日本大学法学部新聞学科卒業。学生時代より北海道、東北のローカル線、ドキュメンタリー、動物、スポーツなどを撮影する。卒業後、広告代理店に勤務。1988年、8年間の代理店勤務ののち退社。オートバイによるオーストラリア単独撮影ツーリングに向かい、彼の地にて大陸とネイチャーフォトの虜になる。撮影ではホテル等は使わず、必ず撮影場所でキャンプして大陸と一体に成ることを、心掛けている。日本人としてはじめてオーストラリアでの大型写真展をオーストラリア最大の写真ギャラリーウィルダネスギャラリーで開催して以来、世界各地で写真展開催。現在オーストラリア タスマニア州政府フレンズ・オブ・タスマニア(親善大使)の称号を持つ。2008年には、世界のフォトグラファー17人を集めた「アドビフォトアドベンチャー」に日本代表として参加した。アサヒペンタックス登録プロ作家、ニコンプロフェッショナルサービス会員。富士フイルム Xフォトグラファー。パナソニック ルミックス プロサービス会員。2008年中日新聞広告賞 体感するオーストラリア(オーストラリア政府観光局)にて受賞。

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