世界には優れた観光映像の表彰に特化した国際観光映像祭が数多くあります。各国それぞれ映像祭は独自の個性を持っていますが、ポルトガルの国際観光映像祭ART&TURはポルトガルの観光振興に役立つ先駆的な取り組みを行う映像祭です。2018年から彼ら独自の取り組み、ART&FACTORY(以下、FACTORY)が始まりました。
海外の映像作家に取って、映像祭での賞は名誉だけでなく実利が伴います。受賞はそれぞれの国でニュースとなり、それによって次のプロジェクトを得ることができるので、旅費の提供がなくても作家たちは授賞式にやってきます。ART&TURは会場をポルトガル国内で移動しながら開催する形式をとっており、彼らは観光振興に協力する意味も持ちながら開催地を選びます。観光振興が必要な場所に世界各国から映像作家が集まる。この利点に気づいて映像祭が考え出したのがFACTORYです。
FACTORYは映像祭に参加する予定の世界の映像作家たちに映画祭の5日前から滞在してもらい、その間に開催地が抱える課題解決となる観光映像を制作してもらう映像コンテストです。制作された作品は映像祭でプレミア上映を行い、開催地の人々を巻き込み、映像祭のニュースバリューを高める試みです。そしてこのような即興形式で作る映像は、計画された映像よりも素晴らしいものとなることも多いのです。
ポルトガルのFACTORYは2018年に第1回が行われ、私も和歌山大学観光学部チームとして参加しました。滞在しながら企画を考え映像製作をする。これは地元の人たちと交流を通じて、彼らの思いを汲んだ映像を作ることでした。たいへん勉強になったのですが、第1回では勝つことも賞を取ることもできませんでした。そこで2019年の第2回、再び和歌山大学観光学部はチーム編成を変えて参加することにしました。
監督をお願いしたのは、Music Videoの制作を中心に活躍されているディレクター、須藤カンジさん。須藤監督にはこれまでにも何度も和歌山大学に講演に来てもらったことがありました。誰もが知るアーティストのMusic Videoの制作、その仕事のあり方などを語っていただき、学生たちに夢と希望を与えてくれていました。
主演女優をお願いしたのが今村沙緒里さん。彼女は福井県にも縁のある方で、2015年に福井県で開催されたアートイベントで彼女が朗読を行い、須藤監督が映像を作り、木川も映像製作の制作部として参加するということがありました。つまり、須藤監督、今村さん、木川はかつて一緒にプロジェクトを行った仲間でした。
和歌山大学からは木川がプロデューサーと撮影を担当し、観光映像を主として研究している当時学部3年生だった関戸麻友さんがプロダクションマネージャーとして参加しました。
第2回FACTORYの舞台となったポルトガル中部の街Torres Vedras市はワイン生産と年に一度開催されるカーニバルで有名です。また市の一地区であるサンタ・クルスは檀一雄さんが居を構えた場所と知られ、サーフィンで有名な場所です。これらの観光資源はありますがまだまだ観光地としては認識されていません。FACTORYの課題としては、この地区の観光資源を見つけてサンタ・クルスに頼らない観光戦略を描いた観光映像をつくることでした。
すでに観光地となっている場所の観光映像はそんなに難しいことではありません。すでに出来上がったイメージをきちんと伝える映像をつくればいいのです。もちろん、その観光地がそのイメージを変化させたいと考えれば別ですが、観光客はすでに知っている場所を見るために観光をする。それが主流派の観光行動であり、観光戦略が保守的になりがちな理由です。その一方、観光地として未だ確立していない場所の観光映像は難しいのです。ただ、美しい景色を撮っても、観光客にとって知っている景色にはならない、心にまで届けるものにすることは難しく、ただ美しい風景でしかない。そのために没入できるための物語を風景に置き、観客が自分ゴトとできる映像としなければならないのです。
須藤監督はこの難しいテーマに対して、耳の不自由な女性の観光とは何かを描く観光映像をつくるという回答を選びました。須藤監督はMusic Videoの作家としてキャリアを築きながら、数年前さらなる飛躍のために渡米されて現地で改めて映像を学ばれていました。その学びの中で、耳の不自由な方々のサポートという社会貢献をされている人たちとの触れ合いがあったからこそ、でてきたテーマです。耳ではなく、目と手から触れる振動、風の振動、味覚。耳の不自由な人たちが世界を知る手段です。しかし、それは耳に頼らない、全身で感じる、五感によって楽しむ観光の表現となります。
FACTORYの撮影は普通の映像制作とは全く違うプロセスです。4日間の撮影は事前のロケハンなしで行いますし、当然ながら撮影場所も決まっていません。旅をしながら、いい景色があれば撮りますし、街の人にはその場で交渉して出演してもらったり、レストランを撮らせていただいたりします。現地の観光協会のスタッフがコーディネートやストーリーに相応しい場所を紹介してくれたりしますが、行き当たりばったりです。そのため、素敵な出会いがあったら感動しますし、実際、今回もレストランを経営する家族とは本当に仲良くなり、だからこそ現地の人たちと距離が縮まった映像をとることができたのでしょう。即興ならではの映像となりました。
映像祭の公式プログラムの中で完成した映像を上映します。そして数日後の授賞式。昨年は受賞を逃しましたが、今年は全体の2位にあたる、HONORABLE MENTIONSの受賞をすることができました。1位を逃したことは残念でしたが、受賞することができました。
完成した映像は映像祭での一回だけの上映ではなく、Torres Vedras市公式の観光映像として世界の観光映像祭へと応募していただけました。そして今年2020年のART&TURの国内(ポルトガル)部門で観光誘客(都市)部門最優秀作品となりました。1位です。ART&TURには国際部門と国内部門があるのですが、この国内部門で賞を取れたことがとてもうれしいことでした。現地で協力してくださり、映像を応援してくれたレストランの家族。コーディネートしてくれた方々があって、ポルトガルに愛される映像を作れたことを嬉しく思います。
今年はコロナ禍の中、FACTORYは開催されなかったようです。また、和歌山大学チームもしばらくはFACTORYには参加することはないと思いますが、いつか日本のチームが参加してFACTORYで最優秀賞を受賞してほしいと願っています。
執筆者プロフィール
木川剛志
日本国際観光映像祭総合ディレクター
和歌山大学観光学部教授
1995 年京都工芸繊維大学造形工学科入学。在学時よりアジアの建築、特にジェフリー・バワに興味を持ち、卒業後はスリランカの設計事務所に勤務する。2002 年UCL バートレット大学院修了。2012 年に福井市出身の俳優、津田寛治を監督として起用した映画「カタラズのまちで」のプロデューサーをつとめたことから映画製作に関わるようになる。監督として2017 年に短編映画「替わり目」が第9 回商店街映画祭グランプリ、2020 年にドキュメンタリー「Yokosuka1953」がReykjavikVisions Film Festival 最優秀長編ドキュメンタリー映画賞、Vesuvius International Film Festivalにて最優秀ドキュメンタリー脚本賞などを受賞。観光映像では須藤カンジを監督に起用しプロデューサーと撮影をつとめた「Sound of Centro」がART&TUR 国際観光映像祭でポルトガル観光誘客(都市)部門最優秀作品賞。2019 年より日本国際観光映像祭実行委員会代表、総合ディレクターをつとめている。
コメント